臨床医である私達が患者の死亡診断する時、「この方らしい人生だったなあ」と思うことが多い。また一方、その患者さん達を支えてきた生き方や死生観が実に多様だったとも実感する。
私は日ごろから、クラッシクの歌曲を聴きながら、歌詞やメロディーに死に関する感性を拡大させ深める力があると受け止めてきた。特にドイツ歌曲は、ある学者の報告では、ドイツ以外の世界中の国々の中で、日本がもっとも愛好家が多いそうだ。おそらく、人生を観る仕方において日本と共通点が多いからだろう。私は数ある歌曲の中から、代表的な3曲をとりあげて解説する。メロディーもさることながら、私達日本人の心に染み込んでくるのは、歌詞の奥深い語り掛けだ。死することにも、計り知れない意味があることを、これらを通して知ってみたいと思う。
モーツアルト作曲、カンペ作詞、「夕べの想い」 K.523
はや一日が暮れ、太陽は沈んで
月が銀色の光を投げかけています。
人生の最良の時もこんな風に過ぎ去ってゆくのです、
ダンスに夢中になっていた間に、とでもいった風に。
人生の様々な場面はまもなく消え失せ
舞台には幕が降ろされます。
私たちの芝居もこれでおしまい! そして友人達の涙が
はや、私たちの墓に降りそそぐという寸法です。
たぶんもうすぐ(ほのかな西風のように
ひそやかな予感が私に吹き寄せてくるのですが)
私はこの世の巡礼の旅を終って
いこいの国にとび去るでしょう。
その時、あなた方が私の墓の前で泣き
悲しみに暮れて私の灰を見つめるなら
私はあなた方の前に姿をあらわし
風に舞い立ってあなた方に吹きつけましょう。
あなたもまた、ひとしずくの涙を私に贈り
一本のすみれを摘んで私の墓に手向け
あなたの心のこもったまなざしで
やさしく私を見おろしてください。
私にひとしずくの涙をささげて、ああ
その捧げものを恥ずかしがらないで!
その涙こそは、私の冠の中の
いちばん美しい真珠になることでしょう!
【解説】モーツァルトは1787年4月4日、父親レオポルドに向けて手紙を書いている。「死というものは人生の究極であって、私は数年来このよき友とは親しくなってしまいました。それにはむしろ慰めさえおぼえるのです」。この頃、モーツァルトは生活に疲れて精神的にも滅入っていた。手紙を書いた翌月28日、父が死んだ。同年6月24日、死についての最も深い瞑想の一つであるこの曲は作曲された。私は、人生で男が涙するのは2回しかないと思ってきた。両親の死の時であり、それ以外は涙は流していけないと自らに言い聞かせてきた。しかし、この曲を知ってから、「涙は流していいんだ、涙は亡くなった友人にとって最高の真珠になるのだ」から、はばかることなく涙を思い切り流していい!こう思う人間に変わった。音楽の力を感じた。
リヒャルト・シュトラウス作曲 『4つの最後の歌』第3曲、眠りにつこうとして
作詞 ヘルマン・ヘッセ
この一日にわたしは疲れ果てた
わたしの心からの願いは星のきらめく夜が
わたしを優しく迎えてくれることだ
眠くなった子供を抱き取るように
手よ、すべての仕事を止めるがよい
頭もすべての思いを忘れるのだ
今わたしのすべての感覚は
眠りに沈むことを欲している
そして魂は思いのまま<
その翼を広げて飛ぼうとしている
夜の魔法の世界で
深く、とこしえに生きるため
【解説】私は52歳のALSの患者を患家で看取ったことがある。憔悴した父親が葬儀のあと、当院に挨拶に来られた。彼がクラッシク音楽に詳しいことを知って、私はこの詩をプレゼントした。後日、彼から手紙が送られてきた。手紙には、「毎日、この曲を聴いている。最近ようやく息子がこの世を去ったことを受け入れられるようになった」とあった。私は父親である彼が、この地上での現実を受容することができ、息子が「とこしえに生きるために」、やっと握りしめていたこの世での離別を手放すことができるようになったと思った。これが音楽のもつ慰めの力、音楽療法があるゆえんだと感じた。
ステーファノ・ドナウディ(Stefano Donaudy, 1879年~1925年)作曲
O del mio amato ben(ああ愛する人の)
作詞 弟の詩人アルベルト・ドナウディ(1880年-1941年)
ああ 愛する妻 今はいない
私の栄光 誇りだった
今 静かな部屋から部屋へ
妻の名を叫んでみる
返事があるのではと思って
だが静まり返り 探しても姿はない
涙があふれ ただおろおろと泣く
妻のいない空間は いずこも悲しい 今が昼か夜かも知らず 火も氷のように冷たい
どこかで一人で生きていこうとしても
一つの思いが私を引き裂く
妻がいない今、どうして生きていけるのか!
この世はあまりに虚しい
愛する人がいない今は
【解説】「男がこれほど弱々しくなるのか」と思うが、女房に先立たれた夫達のその後の哀れさを思うと、やはり真実な場合もあるのだろう。彼らはこのように思うのだろうか、「おまえは、私を支えてくれた。失ってはじめて、わかった。愚かだった、ああ許してくれ・・・」。そして歌詞のようにオロオロと立ち尽くす。「妻がいない今、どうして生きていけるのか、生はあまりに虚しい、愛する人がいない今は」。音楽療法には、悲しみの感情をより強める曲を聴くと、逆に慰めの感情が生じてくる。女房を失い、悲しみの果てまで行った時、きっと何か与えられるに違いない。またこの曲には、若い年代の夫婦への次のようなメッセージがあると思う、「尊い人が亡くなってうろたえるのではなくて、生きているうちから大切にしてあげてください。」
