危うい均衡下の平和

エッセイ

終戦後の我が国は、戦争の記憶が平和希求の力になっていた。今の世界情勢をみつつ、その力のない者のひとりとして、平和とは何か考えてみた。
「平和とは、北朝鮮のミサイル発射、日米の防衛費の増大、核保有国の核兵器禁止条約反対など、一触即発の緊張に包まれながら、辛うじて均衡を保っている時」。
危うい均衡こそが、人間らしい平和かもしれない。ボーとしていたら、戦争は避けられない。私達は結局、退屈さには耐えられないし、平和が長く続くと、争いをつくり始めるのだから。
返済不可能な借金、地球温暖化・・・、私達には解決困難な問題をあえて認知しないという方法で解決している一面がある。しかし、心の奥底でリセットの機会を、戦争や大災害に求めている節がある。
中学・高校の教科書に「愚かな私達はボーとしていたら、必ず戦争をする」と明記したらどうか。平和は、能動的に大声を出し、戦争抑止の行動を起こさない限り、与えられない事を、幼い頃から知らねばいけないと思う。

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