千の風になって・・・多くの日本人の死生観を変えた歌

エッセイ

– 私のお墓の前で
– 泣かないでください
– そこに私はいません
この歌詞で始まる「千の風になって」は、昨年のNHK紅白歌合戦で、テノール歌手の秋川雅史氏によって歌われ、大評判になった。多くの人達がこの曲によって、慰められたに違いない。
– 朝は鳥になって
– あなたを目覚めさせる
– 夜は星になって
– あなたを見守る
亡くした大切な人を、より身近に感じることができ、作曲した新井満氏も、死生観が全く変わったと話している。
明治維新以来、日本人は欧米の精神を積極的に受け入れてきた。だがこと「死」に関ることにおいては、日本人の独特な感性が優先してきたと言える。ではなぜ今、「私はお墓にいません」と歌うこの曲が、日本の多くの人たちに受け入れられたのであろうか。私は以下のように考えている。
奥ゆかしさや慎ましさを美徳と考えた日本人にとって、亡くなった方の前では、自分のことよりその方のことを思いやることが大切であった。さらに自主的に行動に移すと、身勝手に思われる恐れのためか、皆が一律に悲しみ、うなだれることを礼儀としてきた。しかしこのような私達には、死を日常的に語れないというジレンマが、近年特に強くなってきた。
そこでこの曲に出会い、私達は次のように気づかされた。私達が悲しみに沈むことを、亡くなった大切な方々は、決して望んではいないことを。それは、いずれ亡くなる私達自身が、死後に大切な人達を見守りたい、彼らが励まされて生きる力を受けてほしいと切に願っているからだ。
私達は、悲しみの淵に立たされても、癒されると信じられるからこそ、その現実に向き合えるのかもしれない。この歌で理解したように、悲しみをしっかり受け止めたなら、慰めもまた格別に大きい。癒しを受ける方法は音楽だけでなく、神への祈り、家族や友人、趣味など、各人各様だ。私達は自分自身の支えを積極的に求めるべきと思う。厳しい現実の前でも、安らかに自らのリビングウイルを明確にするために。
(日本尊厳死協会東海支部季刊誌リビングウイル7月号巻頭言 2007/7/6)

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