涙を流し祈るケシの花

エッセイ

スペインの歌劇サルスエラに、「彼女は決していかがわしい女ではない。彼女は泣いていた、祈っていた。」という歌詞がある。私はケシの花のような女性だなと思った。
ケシ科の花には、スイートピーやヒナゲシがあるが、あるケシの花は麻薬をつくる性質がある。多くの花のなかで、これほど犯罪にまみれた花はない。しかし、その花に偶然、麻薬をつくる作用があったかもしれないが、悪用したのは、醜悪な人間だった。
私は以前から、この世の創造物には必ず、目的があって存在すると考えてきた。ではケシの花が麻薬を作った目的は何だろうか。
シュバイツア―は、この世で最も耐え難いものは、痛みであると言った。癌の末期、骨に転移すると激痛が生じるが、その癌の痛みに対して、唯一麻薬だけが効果がある。
きっと天地創造の神は、ひとり苦しむ癌患者さんのために、ケシの花に強力な鎮痛剤をつくる役割をお与えになった。またその崇高な働きにふさわしい装いまでも与えてくださったのだと思う。
私は、癌の末期患者さんの枕元にケシの花を置いてあげたいと思うようになった。その方の傍らで涙をながし、祈る花として。
(朝日新聞に掲載)

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