三重に転居して35年。やっと伊勢物語を読むことができた。
これは平安時代にできた短編歌物語集で、多くが、「むかし、男ありけり」の冒頭句を持つ。
読んで最も強く感じたことは、人の心から発する言葉の重みだった。
私はあなたのことを大切に思っています。このことを言葉に込めて、まるで祭壇にささげるがごとく、相手に進呈する。受けた側も、その思いを丁寧に受け止める。
さらに考えさせられたことは、何もできず、一人たたずむ意味だった。9段『東下り』。「いざ言問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと」。
生きていると、ままならぬことに囲まれる。しかし、「わが思う人」に、何ができるわけではないが、じっとたたずむところに生まれる世界があり、素直に自らの思いを読み歌っている。
現代社会では実務と成果が尊重されて、自分の気持ちを伝えると、「それはあなたの個人的な思いでしょ」と無視される。
気持ちを伝える言葉を大切にしよう。伊勢物語は、遠い祖先からの忠告のように思える。