知りすぎても、知らなさ過ぎてもいけない

エッセイ

「転ばぬ先の杖」こそ、生きるうえで大切と考えてきた。そして多くの方々にもそうすすめてきた。
アルツハイマー病の患者さんの場合、私は御家族に今後、いかなる状況が繰り広げられるか、説明してきた。今後に想定される介護、専門医のいる病院さがし、介護支援の依頼、家族が備えるべきものなど。しかし、それは詳細すぎると、将来への備えは準備万端かもしれないが、我々の注意は常時、それらへの配慮にむけられる。まるで記憶容量いっぱいになったコンピューターが、重い情報を引きずって作動しているかのように、きっと我々の足取りは重くなることだろう。
思えば、我々はしばしば行き当たりばったりの行き方をしている。父親になるとき、父親学を学ぶことはなかった。医長になる時、医長学を学ぶことはなかった。このために、行き当たりばったりの仕事ぶりで、患者さんだけでなく、同僚にも迷惑をかけた。
私達は何も知らされないまま、前進しているが、もし知らされるなら、そのあまりの仕事の大きさ、深さ、奥行きにたじろぎ、そしてその職務につくことを躊躇するだろう。適当に先を読みながら、適当に対応する。かぎられた時間と空間中では、私達はそういう「行き当たりばったり」的な生き方で、幸せを得ているのかもしれない。

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