モーツアルトの書簡集に学ぶ

エッセイ

ある評論家が、「もしモーツアルトの音楽が何であるか、言葉で表現できたら、彼の音楽はいらない」と言った。しかし、もしあえて言葉にできるとしたら、私はきっと、それは彼の書簡集だと思う。彼の音楽同様に深い愛情に満ちている。
父レオポルドへの手紙に、「お父さん、わたしが心から気がかりなことをお知らせください。お元気にお過ごしですか」。妻コンスタンツェには、「ぼくがきみを愛してしているように、ぼくのことを愛して」。亡くなる前に友人に、「それにしても人生はなんと美しいものでしたでしょう。」
現代の私達は通信手段の進歩によって、一瞬のうちに大量の情報を送れるようになった。しかし、その結果、ゴミのような大量の情報の中で、本当に大切なものを見つけにくくなってしまった。
モーツアルト生誕二百五十年の今年、もし現代人に彼が何かメッセージを発しているとしたら、次のようなものではと思う。「限られた紙面のように、私達の人生には限りがある。真に大切なことは多くない。大切に思っている方に、心をこめて率直に手紙を書き送ろう」。
(朝日新聞「声」に掲載) 2006/10

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